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静岡地方裁判所沼津支部 昭和43年(ワ)121号 判決

原告

加藤勉

被告

熱海砂利株式会社

ほか一名

主文

被告両名は各自原告に対し金七三〇万六八五二円とこれに対する昭和四一年一二月一三日以降完済迄年五分の金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告において金二五万円の担保を供するときは第一項に限り仮に執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は「被告両名は各自原告に対し金八六一万八〇九二円とこれに対する昭和四一年一二月一三日以降完済に至る迄年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として「被告飯塚は昭和四一年一二月一二日午後一時三〇分頃、被告会社所有の大型貨物自動車の運転者として熱海市本町四三五番地において右車を発進させた際、車の前方において作業中の原告に衝突し、原告に対し背髄損傷、第一腰椎圧迫脱臼骨折等の傷害を負わせ、原告は両下肢麻痺の後遺症により稼働不能となつた。

右事故は被告飯塚が発車に際し前方を十分に注視しなかつたことにより起きたものであるから同被告の過失に基づくものであり、従つて同被告は行為者として被告会社は車の保有者として原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

原告は事故当時四四才九ケ月の健康な男子であり、電気保守技術主任として株式会社ニユーフジヤホテル、株式会社熱海富士屋ホテルに勤務し、年収八〇万九〇〇〇円を得ていたから、年間の必要経費一八万円を控除すると一年間の純所得は六二万九〇〇〇円になるところ、右各会社の定年は六〇才なので、結局原告は本件事故のため稼働不能となつたことにより一五年三ケ月分の収入を失つた。

これをホフマン式により毎月年五分の中間利息を控除するとその金額は七一一万八〇九二円であり、なお原告は本件事故による慰藉料として金一五〇万円を必要とする。

よつて被告両名に対し以上合計金八六一万八〇九二円とこれに対する本件不法行為の翌日昭和四一年一二月一三日以降完済に至る迄民法所定年五分の損害金の支払いを求める。」とのべ、被告の抗弁事実を否認し、証拠として甲第一号証、第二号証の一乃至三、第三、四号証の各一、二、第五乃至第一二号証を提出し、証人八ツ柳克顕の証言と原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告両名訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「被告飯塚が被告会社所有の大型貨物自動車を運転して原告主張の日時場所で原告に衝突し、原告に傷害を与えたこと、原告が当時四四才九ケ月の健康な男子であつたことは認めるが、傷害の部位、程度、原告の勤務先、収入、定年についてはいずれも不知。被告飯塚に前方不注視の過失が存したこと並びに原告の損害額は否認する。」とのべ、抗弁として「被告両名は自動車の運行に際し注意を怠らず、自動車に構造上の欠陥、機能の障害はなかつたから被告等に責任はない。却つて本件事故は原告の過失により生じたものである。即ち当日被告飯塚は被告会社の車を運転して土取作業に従事していたものであるが、同日午後一時過ぎ作業現場に向つたところ、現場附近には他の車があり混み合つていたので、本件事故の起きた場所であるニユーフジヤホテル駐車場端の道路に接する部分に停車し、土取りの順番を待つていた。

やがて順番が来たので約一分間デイーゼルエンジンを始動し、前方を注視して安全を確認した上、徐々に発進したところ、車の直前にあつたマンホールで作業をしていた原告に衝突したのであるが、右マンホールは被告飯塚運転の車の死角内にあり、しかも原告は作業に当たり、作業開始の合図もせず、作業中であるとの標識も立てていなかつたので、被告飯塚として作業中の原告を認識することは全く出来なかつたのである。従つて同被告に過失はなく、却つて大型貨物自動車の直前の死角内で右車に対し何等の警戒を払うこともなく、車の運転者からは十分見えるものと軽信して不用意な作業をしていた原告にこそ過失があるものというべきである。

仮に被告飯塚に過失があつたとしても、停車中の大型貨物自動車の直前の死角内で作業を開始するような場合、運転者がそれに気づかぬ危険が大であり、しかも当日は風が強く寒い日であつたから運転台の窓も扉もしめてあつたので、作業を行なう者は直接運転者に作業開始の合図をするか少なくとも運転者の目に入る標識をおくべきであり、これを原告が怠つた以上原告にも過失があるというべきである。

更に原告は被告飯塚運転の車の大きな始動音により車の発進を予測出来たのであるから、運転者に合図するとか一時作業をやめて安全な場所に退避する義務があり、これを怠つたという点でも原告に過失がある。」とのべた。

〔証拠関係略〕

理由

被告飯塚が被告会社所有の大型貨物自動車を運転して昭和四一年一二月一二日午後一時三〇分頃熱海市本町四三五番地の場所において原告に衝突し、原告に傷害を与えたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は第一、第二各腰椎脱臼骨折、背髄損傷、第一乃至第五横突起骨折の傷害を受けたことが認められる。

そこで先ず被告飯塚の過失について考察するに、〔証拠略〕によれば次のような事実が認められる。

原告は株式会社ニユーフジヤホテルの電気係りと株式会社熱海富士屋ホテルの変電所主任技術者をしていたが、本件事故当日、事故現場にあるマンホール内に設けられたニユーフジヤホテルの温泉貯水槽が故障したので他の修理業者と共にその修理に取り掛りマンホールの縁に膝をついて中を覗きこんでいた。一方被告飯塚は当日被告会社の大型貨物自動車を使用して被告会社の仕事である土取作業に従事していたが、土取場に車が混んでいたので右マンホールの約三、四米後方に停車し、スポーツ新聞を読みながら順番を待ち、約一五分後発車したところ、右車はボンネツト型で運転台から前方約六米の範囲内は所謂死角に当たつているため、地上のマンホール内を覗きこんでいた原告の姿は全く目に入らず同人に車を衝突させたものである。

ところで一般に運転台から前方の一定範囲部分が死角内に入るような大型車を運転する者は車の発進に当たり、死角内に通行人等がいないかどうかを十分確認すべき義務があり、本件において被告飯塚が右義務を尽くしたならば右衝突を避けることが出来たものと認められるところ、〔証拠略〕によれば同人は全然右確認をせずして車を発進させたことが明らかであるから、本件事故は同被告の過失に基づくものというべきである。従つて同被告運転の車を所有する被告会社についても自動車損害賠償保障法第三条但書の免責の抗弁は成立しない。進んで原告の損害につき判断するに、〔証拠略〕によると、同人には本件傷害の結果、両下肢不全麻痺、膀胱直腸障害、生殖器不全麻痺の後遺症が存し、小水は常時失禁し、一時間以上は背骨の痛みのため同じ姿勢でいられず、松葉杖でどうにか歩けるが物につかまらないと立つていられない状態にあることが認められるので、原告は到底従前の職に戻ることは出来ないと考えられるが、将来全く何等の職にも就けず無収入で過さねばならないかについては現在的確な判断を下すことは困難と言わざるを得ない。

この場合労働基準法施行規則の身体障害等級表中に原告の傷害と同程度の等級を見出し、その等級の労働能力喪失率によつて今後における原告の労働能力喪失の割合を算定することも考えられるが、原告の傷害の程度に正確に対応する等級は見出し難く、強いて求むれば第七級の四と思われるが、第七級の労働能力喪失率は一〇〇分の五六であり、これでは前認定の原告の後遺症の程度から見て些か原告に不利な感を免れず、さりとて第一級の五に該当すると見るにも躊著を感じる。そこで右等級表を参考としつつ事案全体から妥当と思われる割合を決定するほかなく、結局本件においては労働能力喪失率を一〇〇分の八〇と見るのが相当というべきである。

そして〔証拠略〕によれば、原告は事故当時四四年と九月であり(原告の年令は争いがない)、株式会社ニユーフジヤホテルからは昭和四一年四月迄月五万円、五月以降月五万四〇〇〇円、賞与を含めて年間六八万九〇〇〇円(月平均五万七四一六円)、株式会社熱海富士屋ホテルからは月一万円をそれぞれ給料として受けていたこと、原告の勤務先の定年は六〇才であることが認められるので、結局原告は事故後一五年と三月の間毎月合計六万七四一六円の収入を得ることが出来たにも拘らず本件事故によりその一〇〇分の八〇を失つたことになる。そこで右六万七四一六円の一〇〇分の八〇の金額五万三九三二円に一五年三月を乗じ、ホフマン方式により月毎に年五分の中間利息を控除すると、少なくとも原告主張の七一一万八〇九二円の金額を得ることは計算上明らかであるところ(なお傷害を受けた本人が逸失利益を請求する場合、原告主張のように必要経費を控除する要はない。)、原告本人尋問の結果によると同人は現在労働者災害補償保険法により収入の六〇パーセントの休業補償を受けていることが認められるから、前記六万七四一六円の二五ケ月分(事故のあつた昭和四一年一二月分から昭和四三年一二月分迄)一六八万五四〇〇円の六〇パーセント一〇一万一二四〇円を右七一一万八〇九二円から控除した六一〇万六八五二円が原告の蒙つた財産上の損害というべきである(原告が被告等から右支払いを受ければ休業補償給付請求権は労働者災害補償保険法第二〇条第二項の規定により消滅すると解されるから二重払いの問題は生じない。)。次に被告等主張の過失相殺の点について考えるに、検証の結果によれば事故現場は株式会社ニユーフジヤホテルの駐車場の一番外側の公道に接する部分であるが、駐車場と公道には何等境界はなく車は自由に通行出来ることが認められるから、このような場所で、しかも停車中の大型貨物自動車の前方約三、四米の所でマンホール内の修理工事に取り掛かるものとしては、ボンネツト型の右大型車が工事中の原告に気づかないで発進するかも知れない危険に備えて、その運転者に十分見えるような標識をおくとか或いは運転者に直接注意を促すとかの手段を講ずべきである。ところが原告本人尋問の結果によると、同人は通行人がマンホール内に落ちこまぬようにするため合掌型に組んだ高さ一米二〇センチ位の木枠をマンホール上に置いた丈であり、右大型車の運転台にいた被告飯塚が新聞を読んでいる姿を見て同車は当分発車しないものと考え、何等右車に対し警戒を払わなかつたことが認められる。従つて本件においては原告にも若干の過失があつたことは否定出来ないがその程度は本件事故発生の状況から見て比較的軽いものというべきであるから、右過失を斟酌するとき、前認定の原告の損害額は金三〇万円を減縮した金五八〇万六八五二円となすのが妥当である。

最後に慰藉料につき判断するに、本件事故の態容、原告の受けた傷害の程度、その後遺症の状態を考慮するとき、原告主張の如く一五〇万円を以て相当と認める。

よつて被告両名は各自原告に対し以上の合計額金七三〇万六八五二円とこれに対する本件不法行為の翌日昭和四一年一二月一三日以降完済に至る迄民法所定年五分の損害金を支払うべき義務があるから、原告の請求は右の支払いを求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却し、民事訴訟法第八九条第九二条但書第九三条第一項本文第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福間佐昭)

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